建築も、料理と
同じ想いでつくる。
全館リニューアルで絶対に譲れないことがありました。それは“お客様にお出しする料理と同じように、自然素材を生かして最高の建築をつくる”こと。建築家の川添善行さんにそのただひとつの想いを伝えることからプロジェクトが始まりました。通常の宿泊施設のリニューアルは、部屋数などの仕様をある程度固めたうえで設計プランを考えていきます。しかし、私たちは部屋数を決めず、さらに流行に目配せすることもなく“今できる最高のもの”を模索していきました。
塩害に強い革新的な
コンクリート建築。
望洋楼が建つのは、日本海の断崖です。絶景を楽しめる一方で荒波や潮風に直接さらされます。その厳しい環境で歳月を重ねていける最善の素材は何か。耐久性、安全性、エネルギー性能、部屋間の遮音性など旅館として求める条件も多くあるなかで川添さんからご提案いただいたのはコンクリート。しかも、コンクリートに塩分が侵入した際に内部の鉄筋が錆びてしまう課題を乗り越える革新的なコンクリート建築です。川添さんが教鞭をとる東京大学の技術協力のもと、法律で定められた品質を担保したうえで日本海の塩害に強いコンクリートを製造しました。さらに、コンクリート製造の際に使用する型枠に、型枠温度センサーシステムを採用。これによりコンクリートの硬化を科学的に把握し、従来よりも短日数で型枠を外すことが可能になりました。コンクリートの硬化に費やす日々を意匠性などを高めるための日々として使うことで理想の建築を追求していくことができました。
コンクリート建築に関する、
世界で最も権威ある賞を受賞。
望洋楼は、柱ではなくコンクリートの壁で構造を支えています。類を見ないほど壁が厚く、さらに外断熱を採用することで冬は暖かさを逃さず、夏は涼しさを叶えています。様々な分野のエンジニアリングを結集することで厳しい環境に耐え、尚且つ快適性を備えたコンクリート建築として、デザイン業界・建築業界に創造的なビジョンを示した作品として「米国コンクリート学会(ACI)作品賞 低層建築部門の最優秀賞」を受賞し、2023年の世界一のコンクリート建築として表彰されました。さらに国内でも「2023年日本コンクリート工学会 作品賞」を受賞しました。望洋楼では、自然がつくりだした洞窟の中にいるような感覚に包まれるかもしれません。温かみのある美術館と表現されたお客様もいらっしゃいます。滞在中は、料理と共に建築もお楽しみいただければと思います。
望洋楼、その名の意味である大海原を望む楼閣として。
望洋楼というその名の通りバックヤードを除く全ての空間から海を眺めるように設計しました。海という大きく尊い存在に正対する建築としてイミテーションは使いたくありませんでした。コンクリート製造は石をつくりだす営みであり、コンクリート建築は、建設地に自然を生み出す行為です。やり直しができない緊張感。素材にこだわり、全ての工程で手を抜かない。それは、望洋楼の料理に対する向き合い方と同じです。リニューアル後の外観と空間は、いわゆる和風建築ではありません。しかし、単純に障子や畳があれば和になるのではなく、素材に嘘をつかず、限られた素材で豊かさを生み出す美意識と先進性を備えたものが真の和であると考えています。望洋楼は日本の建築に対してユニークな回答になるのではないでしょうか。
建築家。東京大学 准教授。東京大学工学部建築学科卒業後、オランダ留学などを経て、建築がもつ役割を拡張すべく世界の都市再生の研究を通して建築デザインの社会的可能性を広げている。東京大学に自身の研究室を開設し、「東京大学総合図書館」「インド工科大学中央図書館」「四国村ミウゼアム」など国内外にて数多くの実践を行う一方、書籍などの執筆を通してデザイン理論の構築を行なっている。東京建築賞最優秀賞、日本建築学会作品選集新人賞、グッドデザイン未来づくりデザイン賞、ロヘリオ・サルモナ・南米建築賞名誉賞、BELCA賞、メセナ大賞など国内外の賞を多数受賞し、日蘭建築文化協会会長などを務める。